About

Glass Art ai について

コンセプト

琉球ガラスの未来を拓くやんばるの森の工房から「ai」をこめて。

「グラスアート藍」の誕生

自分が欲しい・使い勝手の良い琉球ガラスを求めて1998年7月20日糸満市大度にあるレストランの倉庫を借り「グラスアート藍」は誕生しました。

たった一人でのガラス作り。自分の作りたいものをひたすら作り続け3か月後には在庫が溜まり一杯にそこで初めて勇気を出して1件のガラスショップに商品を持って尋ねました。「こんな琉球ガラスを待っていました!!」第一声を貰った嬉しさは今でも忘れられません。この時から母との二人三脚がスタートしました。 その当時の琉球ガラスの主流は赤・青・緑と原色使いでした。

私は沖縄の澄み切った海・空・自然を表現したいと透明ガラスにサトウキビ畑に咲く小さな花を描いた「小花グラス」を作りました。1番目のヒット作品です。

淡いパステルカラーが好きだったので、ピンク・水色・緑と淡い色に白いパウダーを散らした「フリット」シリーズは女性から高い評価を得ました。

翌年1999年発売した「サンゴ」シリーズはグラスアート藍を代表する作品になりました。慶良間の海に潜った時見たサンゴ礁のごつごつ感を出すように大きく凸凹を付けました。この作品が大ヒットになり爆発的に売れました。1人で始めたガラス工房は忙しくなりスタッフを雇うまでになりました。

瞬く間に注文に追われる日々工房が手狭になり、思い切って東村高江に新築移転。2000年海の見える高台に工房を移したのを機に、「海の泡まき」シリーズを発表しました。ピンク+白・水色+白に泡を巻いた上品でシンプルなデザインはすぐに評判になり、県・内外のテレビ・雑誌・ラジオ等約30社から取材が殺到。毎年、新作を出しヒットを飛ばすには常に研究を重ねる必要があります。順調に見えた工房は、なぜか新作しか売れない現象に陥っていました。

それには大きな問題がありました。ヒット商品が出るとすぐに類似品が大量に市場に出回るのです。お土産産業の構造的な問題かもしれません。でもその現実にショックを受け制作する意欲が徐々に失われていきました。注文に追われ流行作品として消費される自分のガラス。ガラスを作る意味・喜びを失い体力・精神が次第に追いつめられていきました。

傷ついた心を癒す為に、短期留学したバリ島で運命の出会いがありました。バリ島の精神性・アート・工芸には私の求める芸術のカタチがそこにはありました。この島で新しく出直したい!!消費される作品から抜け出したい。そんな思いから沖縄を出ることを決意していました。帰国し早速「沖縄を出る」と周囲に伝えると想像もしてなかった反応が返ってきました。取引先・お客様の反応は「行かないで・・・・!!!」当時の私はまだ若くて自分のやりたい事しか考えていなかった。
沢山の人に支えられてグラスアート藍があるということに気づいてもいなかったのです。そんな温かい声を無視して私はバリへの旅立ちの準備を進めたのです。新築したばかりの家が売れず母は沖縄に残ることになりました。大きな夢と希望を持ちバリ島生活がスタートしました。

しかし現実は現地の華僑と結婚した為、大きな習慣の違いに毎日戸惑いました。更に言葉の壁により孤独感を募らせていきました。そんな頃地元の「インドネシア国立芸大」に通い始めたのが転機となりました。初めての授業日には外国人は私一人。先生の指示の後皆が一斉に課題に取り掛かる横で呆然としていました。先生の話が全く理解出来ない日は半年続きました。でも現地の芸大生との交流でアートの楽しさを再び感じました。ガラス工房立ち上げの準備にも取り掛かっていました。

バリ島は観光の島です。その為、窯の材料・ガラスの原料探しは困難を極めました。遠くジャワ島に出向き治安の悪い地域を探し歩き工房に火が入ったのは約1年もの月日が必要でした。

自宅裏庭に完成した小さなガラス工房は「Glassart AI in Bali」と名付けしました。

材料は廃材の窓ガラスしか調達出来ません。廃窓ガラスは私が得意とするパステルカラーやピンクが再現出来ません。沖縄時代のデザインが全く作れない状態でのスタートになりました。地元のスタッフを雇い灼熱の南国で悪戦苦闘の日々が始まったのです。日本人は手先が器用だとよく言われますが、インドネシア人は数倍手先が器用です。習得に1年かかる技術をたった3ヶ月で軽くクリアーしていきました。これは嬉しい大きな誤算でした。3か月もすると大量の商品がどんどん仕上がってきます。順調に見えた工房はここで大きな壁にぶつかったのです。そうです。売り先が無い・・・。バリ島にはガラスのお土産市場がない。沖縄当時は、お土産で売れていたので疑いもしませんでした。琉球ガラスという伝統工芸だから売れていたのです。バリ島ではガラスは伝統でもなんでもないただの手作りガラスにしかすぎません。この時初めて、琉球ガラスという先人が築き上げた歴史の上に乗っかり売れていただけだと知りました。沖縄で自惚れていた自分がとても恥ずかしい気持ちになりました。お土産市場では売れなくても評判を聞いた近隣の在住欧米人がポツポツと購入するようになり、免税店・地元レストランからの注文も入り始め徐々に売れ始めました。

リサイクル窓ガラスを使用した黒銀箔シリーズは欧米人から高い評価を得ました。その結果、5つ星ホテル「ブルガリ リゾート&ビラ」から注文が来るまでになりました。やっとバリ島で認知され軌道に乗り始めた頃事件が起きました。スタッフの横領を発見しました。即刻辞めさせました。そこから事件が次々と続発し・・・。

最終は自分の命かバリ島の生活か2者選択を迫られました。悩み苦しんだ末に旦那・家・仕事・スタッフ全てを捨てて帰国することを決めました。たったスーツケース一つでボロボロになり沖縄に帰ってきました。部屋からは一歩も外に出られず自分を責め、失意の日々を過ごしました。

帰国後半年を過ぎた頃、借金の返済を迫られやっと今ある現実に気づきました。私が出したヒット作品は全て類似品が沖縄に出回り、まったく売れない事態になっていました。このままでは、再起が不能です。そこで発想を変え新しい世界に飛び込む事に。リゾートホテルでの体験教室をすることに。ガラス素材を使い溶かす技法「フュージング」をメインに子供たちにガラスを教え始めました。

毎日子供たちの笑顔と喜びの顔を見ることで次第に心の傷が癒されていきました。少しずつ失ったアートの楽しさ、自信が徐々に回復して行きました。私にはガラスしか生きる道が無いと覚悟を決めた時期でもあります。

2014年3月20日 寿 紗代

もう一度喜びを与えるガラスが作りたい。ガラス素材のように何度でも熱を加えることにより形何度でも形を変え生まれ変わり、新しく輝くそんな再生し輝けるそんな人生を送りたい。自分の人生とガラスが重なり思い切って東村高江から新しく」名護市中山に移転し、体験を中心としたガラス工房で再スタートを決意しました。

この島に助けられて今自分はある。今度は恩返しをする番。伝統工芸としての琉球ガラスを次世代の地元の若者に継承する。

新しい大きな目標が見つかりました。そんな想いから地元商工業高校に募集を出し、ガラスをやってみたい若者2名が藍の仲間に加わりました。

10代の彼らには一つ一つ手取りお足取り指導しながら、自分自身も大きく成長させて貰いました。スタッフも年々増えグラスアート藍設立から15年目の2013年8月23日には

株式会社グラスアート藍として法人化もしました。ただ自分の思うようなガラスが作りたかった私が沢山の人に支えられ応援してもらいここまできました。

人材育成・伝統工芸の継承と発展の為、今日も若いスタッフと一丸となり、火と戦っています。最後に、これからもグラスアート藍を宜しくおねがいします。いつまでもガラスのように輝ける人生を目指して・・・。

2014年3月20日 寿 紗代

会社案内

グラスアート藍について

グラスアート藍は、1998年の創業以来、寿紗代が率いる工房として、 常に新たな風を発信してまいりました。
ガラスを通して沖縄の精神・文化を伝えたい・・・
そんな願いを込めて一枚一枚丁寧に手作りし、世界に二つとない製品を制作。
社名に込めた「ai」という言葉にも数々の熱い思いが込められています。

会社理念

常に感性を磨き、お客様に感動と喜びを与える創造的なものづくりを目指し、全社員がいつも笑顔で、感謝と向上の精神を持てる豊かな会社を実現し地域社会の発展に貢献する。

会社概要

商号株式会社グラスアート藍
所在地〒905-0004 沖縄県名護市中山211-1
TEL/FAXTEL:0980-53-2110  FAX:0980-53-2119
創立1998年 7月
2013年 8月法人化
従業員数7名
営業種目①製造部(制造事業)
琉球ガラス食器・建材・Interior
②サービス事業
直営店舗・ガラス体験・ネット販売・卸販売
③コンサルタント事業
店舗プロデュース・アートディレクション

沿革

1998年グラスアート藍設立
2000年工房を新築移転(沖縄県東村高江)
2004年バリ島移住
2006年インドネシアバリ島にて現地法人「Glassart AI in Bali]設立
2008年活動の本拠地を沖縄に戻す
「琉球ガラス生産・販売組合」加盟
2010年名護市中山に工房&セレクトショップ「琉球のやさしい手仕事」オープン
2011年沖縄県の事業「工芸製品新ニーズ事業」に採択
「ガラスタイル」開発開始
2012年4月「OKINAWA型産業応援ファンド」採択
10月沖縄県トータルリビングショウに建築建材「RYUKYU AI GLASS」ガラスタイル発表
2013年2月「経営革新計画」承認
4月「OKINAWA型産業応援ファンド」2期目採択
8月株式会社「グラスアート藍」に変更
10月沖縄県トータルリビングショウ2期連続出展
11月「Interior Lifestyle」に出展(東京ビッグサイト)
2014年4月「OKINAWA型産業応援ファンド」3期目採択
6月「Interior Lifestyle」に出展(東京ビッグサイト)
10月「2014年度グッドデザイン賞受賞」(『晴れの日の器』から『minamo』『ウージ』2作品受賞)
2015年5月「ふるさと名物応援事業」採択
2016年5月「はばたく中小企業・小規模事業者300社」選出・表彰